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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)402号 決定

債権者

山下秀也

債権者

小松太

債権者

長田誠一郎

債権者

笹間聖

債権者等代理人弁護士

鎌倉利行

檜垣誠次

鎌倉利光

債務者

株式会社カーマン

右代表者代表取締役

金田敏章

債務者代理人弁護士

森賢昭

梶尾節生

主文

一  債権者らが、債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者らに対し、平成六年一月から第一審の本案判決言渡しに至るまで毎月二五日限り別紙賃金目録第一記載の各金員を、毎年六月二五日と一二月二五日限り同目録第二記載の各金員を、それぞれ仮に支払え。

三  債権者らのその余の申立は却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一債権者らの申立ての趣旨

第一項 主文と同旨

第二項 債務者は債権者らに対し、別紙目録第一記載の各金員を直ちに、以後右各金員を平成六年二月二五日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り、同目録第二記載の各金員を毎年六月二五日と一二月二五日限り、それぞれ仮に支払え。

第二本件事案の概要と争点

一  本件は、債務者の営業担当社員である債権者らが、債務者の代表者と債務者が提示した営業方法の変更を巡って協議中、債権者らが退席して以後就労しなかったことを原因として、債務者が解雇の意思表示をしたことにより、債権者らが右解雇の有効性を争い、その地位保全等を求めている事案である。

二  本件の争点は、債務者の債権者らに対する解雇の意思表示の有効性にあるところ、債務者はその解雇の理由として次の事由を主張する。

1  平成五年一二月一四日、債務者代表取締役金田敏章(以下たんに社長という。)が債権者らに最近の営業状況について説明していたところ、債権者山下が、「家で考えたいので休暇をとる」旨発言し、社長が「話はいつでもできる。仕事をしてほしい。」と説得し、さらに債務者専務取締役(以下専務という)、および営業部長ともに、話し合おうとしたが債権者山下はこれに応じず、席をたち続いて債権者小松が「僕等も帰ります。」と立ち上がり、残る債権者らおよび申立外中澄竜司(以下申立外中澄という。)も追随して債務者社長の制止を無視して債務者会社から退去し、債権者ら全員が職場を放棄した。

2  債権者山下および同小松は当時営業主任であり、債務者の営業部は営業部長を除き債権者らと申立外中澄の五名であり、見積関係事務、新規納入商品価格、納期その他取引内容等はこの五名のみが知り、他の者は知らないことを認識していたにもかかわらず、通謀して両名の主導で当日得意先との取引等について連絡も手配もしないで職場放棄したことにより、債務者の秩序維持に相当の支障を来し、又その後一月にわたり債務者の事業活動を阻害し、又得意先にも重大な迷惑や損害をあたえ、得意先の信用を失墜させたものである。仮に職場放棄の退去が債権者山下と同小松の主導でないとしても、営業主任として他の三名が職場を放棄しようとしたのであるから、これを説得すべきであるのに、逆に行動をともにしたものである。これは債務者の就業規則第三七条第五号、第七号に定める懲戒解雇事由に該当する。

3  債権者長田、同笹間は営業部員全員が就労を拒否すれば、営業業務の円滑な運営が阻害され、取引先にも迷惑をかけて債務者の信用を失墜させる結果を認識しながら、あえて債権者山下と同小松に追随して職場放棄の行為をし、債務者の出社の勧告を拒否して同月一七日まで就労拒否を継続したものであり、又この間得意先との取引等について連絡も手配もしないで職場放棄や就労拒否をしたことにより得意先にも重大な迷惑や損害をあたえ、得意先の信用を失墜させたものである。これは債務者の就業規則第三七条第五号、第七号に定める懲戒解雇事由に該当する。

4  さらに債権者らは職場放棄をした当日の夕方申立外ゼンキン連合(以下ゼンキンという)加盟のカーマン労働組合を結成した後、ゼンキンと通謀または連絡したうえ、二回にわたりゼンキン加盟の有力組合である申立外三田工業株式会社労働組合の幹部をして、債務者の大手取引先である申立外三田工業株式会社に圧力をかけるよう要求せしめて、債務者の不利益をはかったものである。これは債務者の就業規則第三七条第六号に定める懲戒解雇事由に該当する。

5  債権者らの前記事由はいづれも懲戒解雇事由に該当するが、本件解雇は予告による解雇とするものである。

第三当裁判所の判断

本件各疎明と争いのない事実及び審尋の全趣旨を総合すると、一応次の事実が認められる。

一  争点以外の前提事実について

1  債務者は、主としてネジ、ボルト等の卸販売を目的とする年商約一二億円の会社であり、会長が金田正敏、その長男金田敏章が社長、次男金田正伸が専務に就任している同族会社であり、従業員は債権者らも含めて一六名であり、その構成は営業部長が一名、営業部員が六名(内一名は東京営業所に勤務)、営業事務担当の女性五名、業務部員四名、その他にパート四名が勤務している。

2  債権者らは、債権者小松が平成元年一二月、同笹間が平成二年七月、同長田が平成三年四月、同山下が平成四年三月に、それぞれ営業部員として債務者に入社したものであり、債権者小松は平成四年三月、同山下は平成五年九月に営業主任に昇格している。本店の営業部員は債権者らの他、申立外中澄竜司の五名以外にはいない。

3  債務者における給与の支払いは毎月二五日、賞与は毎年六月と一二月の各二五日に支給され、債権者らに対する支払額は別紙(略)賃金目録記載のとおりである。

二  解雇に至る経緯とその後の交渉等について

1  債権者らは債務者に採用される際、債務者の営業方法はいわゆるルートセールスによるものであり、債権者らが取引のない不特定の顧客に飛び込んで営業活動を行う方法ではなく、又当初は営業成果について厳しく要求することはないと聞かされていた。しかし債務者の社長や専務は、当初より厳しく営業の成果を要求した。又常々営業部員に対して、営業活動をしているとは認められないとして、債権者らの仕事を評価しようとはせず、時には罵しったり、「会社方針に従わない者については考える」と解雇を示唆する発言を繰り返し、実際にも服従しない者に対して配置転換がなされたことがあり、その結果その者が退職したこともあった。又債務者の営業社員の定着率は低く、最も勤務年数が長い申立外中澄で四年七月にすぎなかった。さらに平成五年七月と八月に各一名が退職したが、そのまま営業部員の補充はなされていなかった。

2  平成四年一〇月に新規顧客開拓の為の営業活動をしたが、成果がなかったので、従来のとおり既存顧客営業を通じて新規顧客を獲得するという従来の方法によっていたが、平成五年四月頃に再度積極的に新規顧客開拓の営業活動を行うよう債務者から指示がなされ六月からその営業活動がなされた。これに対しても目立った成果がなく、この途中前記のとおり社長や専務が債権者らを評価せず、ときに解雇を示唆する発言をしていた。

3  平成五年一二月一三日(月曜日)の午後六時三〇分頃から、債権者らと申立外中澄および社長が出席して営業会議が開かれた。この席上債務者社長が、対象企業を一〇〇社程度がリストアップされた資料が(ママ)用意したうえ、新規顧客獲得のための営業の方法を平成六年一月一七日以降は、いわゆる飛び込みで営業活動をすること、債権者らで訪問企業を協議すること、一月一七日から二月一五日までの訪問企業については、それ以降の営業会議で報告することを指示した。この時も社長は「納得できない者は会社としても考える」とか「今の仕事では営業活動をしているとは認められない」として、従わないものについては解雇することを示唆する発言をした。

さらに社長は平成六年一月に営業部員の担当替えや配置転換も行う旨の発言し債権者らに意見を求めたので、債権者山下が新規営業については担当替えや配置転換の後にしてほしいと要望した。しかしこれについても前記のような発言を繰り返した。

4  翌一四日(火曜日)の午前八時五五分ころ、債権者らと申立外中澄の営業部員がミーティングを行い、債務者提案を協議した結果、営業部員の補充がなく、又不況で従来の顧客の受注確保にも相当の営業努力が必要なこと、定刻退社時間が午後五時三〇分のところ毎日午後七時頃迄就業しても尚残務があり労働過重になっていることから、新規の飛び込みの方法による営業活動は困難であるとの結論に達した。そこで債権者らは、社長に入室を求め、数十分にわたり各自が前記事情や新規顧客の獲得に努力していること等を含め説明し、新規顧客獲得のための飛び込み営業の配慮を求めたところ、社長が「会社方針に従えない者については会社として考える」との従来の発言を繰り返し、「切れてきた」等と発言し相当感情的になり、雰囲気が険悪になってきた。その時債権者山下が、これ以上協議を続けると収拾がつかなくなるので冷却期間が必要と判断し、社長に対して「一度よく考える時間をください」と言って、その日の有給休暇を願い出たところ、社長は却って怒りだし、「そんな事で何で休まないかんのや」と言って当初はこの承認を拒否し、一〇分位休暇の取得についてやり取りがつづいた頃、社長の態度が一転し、「有給を取りたければ勝ってに取りなさい」と発言した。しかし社長のこの発言は、投げやりで見放したような口調であったことなどから、債権者らにはその真意でないことが理解でき、むしろ社長が債権者山下を解雇する決意であると感じられるような態度でなされた。

5  債権者小松は債権者山下が一人解雇され退職させられると、債務者会社は何も変化しないと考え、咄嗟に自分も休暇をとりたいと社長に願い出たところ、他の債権者長田や同笹間および申立外中澄も同様に引き続いて休暇を願い出た。これに対して社長は激怒して会議室を出て、専務と営業部長を社長室に呼び寄せた上、「山下こっちにこんか」「次は小松や」と債権者を個別に別室に呼び入れようとしたので、債権者山下は一人一人説得されると債務者会社は何も変わらないまま債権者の一部の者が解雇されて債務者提案のとおりに実施されると考え、そのまま退席しようとすると、その余の債権者も同様退席の態度を示した。この時債権者小松が営業事務担当の者に、その日の出荷すべき商品等について指示した後社長に対して、「全員笹間の家にいるので、何かあれば連絡して下さい」と言ったうえ、債権者らおよび申立外中澄の全員が退社した。

6  その後債権者らは同笹間の自宅に集まり相談し、前記事情から何時解雇されるや知れないとの不安から労働組合を結成するしかないと結論し、ゼンキンの大阪事務所に電話で相談しその指導をうけ、同日午後五時頃にゼンキンの事務所において、債権者らと申立外中澄を組合員としてカーマン労働組合を結成した。

7  この組合結成より前に社長は取引先などに連絡するなどして取引上の処理をした後会長や専務と協議をし、当日三時までに債権者らが帰社しないなら、債権者山下と小松は解雇とし、他の三名についてはその態度により処分をすると決定した。

そして社長は当日三時頃に、債権者山下と債権者小松の自宅に電話して、その応対した家族の者に対して右両名を解雇した旨通知をした。

8  債権者山下がその自宅に午後九時ころに電話をしたところ、前記のように社長から解雇の電話のあったことを知らされた。同日午後一〇時三〇分頃に社長自宅に電話を入れたところ、社長は「こういうことをされると示しがつかないので首です」等と言って、債権者山下と同小松を解雇したこと、すでに自宅に架電済みであること、翌日夕方に荷物を纏めて持って帰るよう発言した。

9  翌一五日午前八時頃債権者らと申立外中澄の五名が待ち合わせ、債権者山下と同小松が出社したところ、債務者の会長や専務が応対した。債権者山下と小松は、債務者の専務に対し、他の債権者も会社近くの喫茶店に待機していることを伝え、退社理由を説明しようとしたが、全く聞こうとはせず、「社長は午後六時以降に帰社するので、それ以降に又来るように、それまで話しはできない。」と言われたので、組合結成通知書を交付した。

10  その余の債権者と申立外中澄はこれを聞き、債務者の中山社員に対し電話をして有給休暇を申請した。

11  同日午後七時頃、債権者山下と同小松が出社し、社長と専務に面談した。席上社長から「組合らしきものを作ろうとしているらしいが、会社としては絶対に認めない。」「この件については弁護士に任せたので一二月一七日に弁護士から連絡する。それまで出社しなくてもよい。」と言われ、退社させられた。この時債権者山下において他の債権者らのことについても確認したところ、社長は、同様出社しなくてもよいと発言した。

12  同日午後一一時から同三〇分頃にかけて、債務者の山田営業部長が債権者笹間、同長田、申立外中澄にそれぞれ電話をかけ、「お前ら何を考えとんねん。会社に謝れ。」「こんな事をしてただで済むと思うか、うちの会社は組合は一番嫌うし通用しない。今やったら俺が何とかするから謝り一筆書け。」「二人は首や、三人は俺が会社に戻したる。」等と言い、謝罪文の提出を要求し、この提出が無いときは解雇になるとの趣旨の発言をした。これに対し全員これを拒否するとの回答をした。

13  翌一六日、債権者らは債務者側の弁護士からの連絡を待つこととし、出社しないで自宅で待機していた。債権者長田は同日午後二時頃、社長に電話をして、謝罪文提出に納得出来ないこと、解雇になるのかと問うたところ、社長は「組合は認められない。無断職場放棄について謝罪しないなら解雇になる。処分については弁護士から一七日に連絡する。これ以上話は出来ない。」と言われた。

社長は同日夕方になって債務者の代理人弁護士事務所に出向き、同弁護士からアドバイスを受けた。

14  社長は一六日の始業時の朝礼の際に、債権者らが職場放棄をしたこと、債権者らを解雇処分としたことを社員に伝えた。

15  債権者山下と同小松は社長の指示で同日午前一一時に債務者の顧問税理士である末永税理士事務所に行ったが、社長は結局弁護士に任せているとして交渉できないとしたため、その場では団体交渉申入書の授受で終わった。翌一八日再度末永税理士事務所で交渉が行われた。債権者側は債権者山下、同小松、ゼンキン連合の吉永、惟原の四名、債務者側は社長、専務、営業部長、弁護士、末永税理士が立ち会った。この席上何故二人のみ解雇するのかとの債権者側の発言に応じて、社長から債権者山下と小松以外の者も解雇とする旨の発言がなされた。又解雇の理由については職場放棄であり、懲戒解雇であるとの趣旨の応答がなされたが、弁護士から懲戒解雇相当であるが、取扱については検討中であるとの説明がなされた。

16  債務者は代理人弁護士名で、同年一二月二七日付書面で、債権者らの行為は就業規則第三七条第五号ないし第七号に該当するから、懲戒解雇相当であるが予告解雇扱いとすること、予告手当及び退職金を支給すると債権者らに通知し、この書面は各債権者に到達した。

三  争点に対する判断

1  債務者の就業規則について

(証拠略)によれば、債務者では就業規則が定められており、その第三七条第五号に「故意に事業の運営を阻害し、又は会社秩序の維持に相当の支障ありと認められる行為があった場合」、第六号に「社外の者に通謀、若しくは連絡して故意に会社の運営を妨害し、その他会社の不利益を図り、又は会社に損害を与えた場合」、第七号に「業務怠慢により、得意先に重大な迷惑、又は損害を与え、若しくは、得意先の信用を失墜させた場合」に該当するときは懲戒解雇ができると定められていること、又同条第一号により「無届欠勤が、一ケ月に五日に及んだ場合」も懲戒解雇の事由と定められているほか、第三六条により「無届欠勤二日以上の場合」「勤務時間中、許可なく持ち場を離れ、又は自己の職務を怠った場合」「業務上の怠慢、又は監督不行届によって、災害その他事故を発生させ、若しくは会社に損害を及ぼした場合」は、減給又は出勤停止の処分にすると定めていることが認められる。

2  就業規則第三七条第六号による解雇について

ところで債務者が債権者らに対して主張する解雇事由のうち、債権者らがゼンキンと通謀または連絡したうえ、ゼンキン加盟の申立外三田工業株式会社労働組合の幹部をして、債務者の大手取引先である申立外三田工業株式会社に圧力をかけるよう要求せしめて、債務者の不利益をはかったとの点については社長の陳述書(〈証拠略〉)にこれに沿う記述があるが、その内容は具体性に欠け、かつ伝聞であり、これをもって前記事実を認めることできず、他にこれを認めうる疎明もない。又この事由は債権者山下と同小松との関係では解雇の意思表示以後に発生した事由であり、解雇事由たりえないものである。

従ってこれを理由とする解雇はこれを認めることができない。

3  本件解雇の効力について

(一) 債務者は債権者長田と同笹間に対する解雇理由として、職場放棄以外に一二月一五日から同月一七日までの就労拒否を挙げているが、後記のとおり同債権者らが同一七日までに就労しなかったのは、債務者が弁護士から同一七日までに連絡するとして、債権者らの出社や面談を拒否し、自宅で待機し弁護士の連絡を待つように指示した結果であるから、就労拒否に該当するものと認めることはできないものであり、これを理由とする解雇は認められない。

そうすると債務者の債権者らに対する解雇の理由として意義あるものは職場放棄の点であるので以下検討する。

まず債権者山下に対し社長は債権者山下について有給休暇を認めるような発言をしていたものであるから、同債権者の職場からの退去は無断で職場を放棄したものではないと考えられなくもないが、右発言は前記認定のとおり真意に基づくものでなく、同債権者も他の債権者らも真意でないことを知っていたものと認められるものであり、その後社長が同債権者の退去を制止していたことからすると、この発言は休暇を承認したものと認められず、又その余の債権者らも休暇の願いをしたが承認されていないから、債権者らの職場からの退去は債務者の許可なく職場を放棄したものであると認められ、これは債務者の就業規則第三六条二号の「許可なく持ち場を離れた場合」と第三七条五号に該当するものといえる。しかし業務怠慢によるものではないから同三七条七号に該当するものでない。

(二) ところで使用者はその事業経営上必要ある時は、その営業方法等についても自由に変更し、これに従うべきことを従業員に命じうることは、事業経営の性格上当然のことであり、従業員も、その変更により勤務時間や給与、待遇あるいはその他の雇用条件の変更ある場合を除いてこれに従う義務あるものであり、ただ個々の職務命令の内容が、雇用条件に変更を来すか否かは具体的に判断すべき事柄であるから従業員側において、雇用条件の変更と考えている場合には、使用者はそれが強制にならないよう相当な手続きによるべきものであるし、他方労働者が、営業方針の変更等による職務命令が自己の労働契約上の地位の変更に関することであると認識して、これに反対することを否定することは相当でないが、反対の手段として理由もなく職場を放棄することは、ストライキ等労働法上認められた手続きに従ってなされる特別の事情のある場合を除き、労務提供義務に反し、又職場の秩序の維持を図るべき事業者の利益を侵すものであるから、相当でなくこれを理由に処分をすることは許される。

(三) 本件は前記認定のとおり、債務者の新規顧客の獲得のためにいわゆる飛び込みセールスをするというのは、採用時の前提と異なっており、又営業部員の減員により労働過重がさらに増加すると考えた債権者らの反対も理由のないことではないから、債務者は相当の手続きで債権者らの同意を得るべく努力すべきであるのに、債権者らの主張を聞かず、強圧的な応対に終始していたものであり、又日頃から会社方針に従わないものには解雇を示唆していたこともあり、本件の場合も同様に債権者山下に解雇を示唆するなどしていたもので、その説得の方法は相当でなく、これに抵抗する債権者らが会社を退去するという方法によったのも、相当ではないが、債権者山下の解雇を感じ、社長の態度等から個別に説得されるのと思い、これを回避するために咄嗟に採ったものであり、止むを得ない側面もあると考える。

しかも債権者らの措置は自己の利益擁護のためになされたものであるが、債務者の業務を故意に阻害する目的にでたものでなく、又債権者らが会社に損害を与えるために故意に、あるいは組織的計画的に行ったものでなく、社長の強圧的態度と言動に触発され、いわば突発的に行動したものと認められるものであり、その責任を債権者らのみに帰すべきものでなく、債務者にも相当の責任があるものと言うべきものである。

又債権者らの職場放棄は債務者が解雇を決定するまでであり、債権者山下、同小松が数時間であり、その余の債権者も一日にすぎないこと、社長は、債権者山下に対して真意でないとはいえ休暇を容認する発言をしたことや、債権者小松が当日の商品納入について担当者に指示をし、又連絡先を債権者笹間の自宅として通知し業務の運営について一応の配慮をしていたこと等からすれば、その職場放棄自体による債務者会社への業務運営の阻害等の程度はそれほど大きくはないものと考えられるのである。(尚債務者は債権者らを解雇した後一月にわたり取引先との関係については相当の混乱があったとし、これら事由についても事業運営阻害の理由としているが債権者らの解雇や自宅待機指示以降に債権者らが就労しなかったことによる債務者の業務運営の阻害や損害と、解雇に至るまでのそれと混同するものであり、すくなくとも解雇の意思表示以後の混乱や損害を含めて債権者らの責任として解雇の理由として主張することは認められないところである。)

さらに債権者山下と同小松の解雇については、職場放棄からその解雇決定までは極めて短時間であり、債権者らが同笹間の自宅にいることを知らされながら、当日午後三時頃に両名の自宅に電話を架けて家人に解雇を告知していること、債務者は債権者らの退去の後に債権者らを説得することもしなかったこと、日頃会社方針に従わない者については考えると発言し解雇を示唆していたこと、債権者山下に対する休暇容認の際の口調や態度も解雇をもって対応するものと債権者らに受け取られるものであったこと、当日午後一〇時頃債権者山下が社長に電話したとき、社長は「示しがつかないので首です」と発言していること、その余の債権者らの解雇についても一五日の朝、債権者山下と同小松が会社に赴き、その余の債権者らも近所に待機していることを通知したこと、債務者は夕方七時頃社長が帰社するまでの面談や出社を拒否したこと、その余の債権者は債務者の中谷社員に電話を架けて休暇を申請したこと、同日午後七時頃に債権者山下と同小松が社長と面談した際、一七日までに弁護士から連絡するからそれまで出社しなくともよい旨述べており、それはその余の債権者らにも債権者山下らから知らされたこと、債務者は一四日の職場放棄の直後に債権者山下らの処分決定と同時にその余の債権者らの処分についても、その後の態度如何によって決定するとしたこと、一五日午後一一時頃より債務者山田営業部長がその余の債権者らの自宅に電話をかけて、謝罪文の提出を要求しその提出のないときは解雇する旨通知していること、一六日朝の債務者会社の朝礼で社長が債権者らを処分したことを説明していること、一六日午後二時頃債権者長田が社長に電話したところ、謝罪文の提出を要求しその提出のないときは解雇する旨明言したこと、債務者がそれ以外に出社するように説得をしたことがないこと等の事情を考慮すると、すくなくとも一六日の朝礼までの間にその余の債権者らの解雇処分を決定していたものと認めるのが相当であり、本件解雇は債務者の方針に反対しこれに服従しないことに対する懲罰としてなされたものと見ることができる。

尚債務者は債権者山下、同小松につき他の債権者らの職場放棄を制止しなかったことを解雇理由とするが、前記職場放棄の経緯、動機等からすると同債権者らにこれを制止することを期待することは無理がありその義務あるとすることはできない。

(四) 前記のとおり、本件職場放棄の経緯や動機、その態様、期間、債務者の対応、職場放棄の債務者や取引先に与えた影響、解雇処分の真の理由等本件職場放棄の全容を総合するとこれを理由とする本件解雇は、営業部員全員による職場放棄であること等の点を考慮したとしても、債務者の就業規則により無断欠勤が二日以上の場合や通常の職場放棄が減給、出勤停止とされ、無断欠勤五日以上が解雇とされていること等他の処分の場合と対比すると、著しく均衡を欠いたものであり、正当とはいえず解雇権を濫用するものであると言えるものである。

従って本件解雇の意思表示は効力がないということができる。尚これは本件のように予告解雇による解雇の手続きをとっていたとしても同様であり、それをもって、適法となるものではない。

第四結論

そうすると債権者らは債務者に対し労働契約上の地位を有し、債務者は債権者らに対し別紙賃金目録記載の給与等の支払義務を負うものと認められる。又債権者らは債務者からの賃金等を唯一の生活資金としており保全の必要性も認められるから、債権者らの申立は理由あるものと認められるところ、本件事案を考慮して担保を立てさせずに主文のとおり決定する。但し賃金等の支払については、第一審の判決で仮執行の宣言がなされるのが通常であること等を考慮すると、右判決言渡しまでとするのが相当であるから、これを越える部分の申立てについては、これを却下するものとし、申立費用については民事保全法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 松山文彦)

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